三人揃って教室から出ようとした時だった。リザレリスたちの行く手を阻むように、一人の女子が入口に立っていた。
「ちょっといいかしら」
「えっ」
先頭を歩いていたリザレリスは、ピタッと立ち止まる。その女の視線は明らかに自分へ向けられていた。
知らない女。リザレリスは一瞬だけ考えたが、クララへ視線を投げた。クララはかぶりを振った。彼女も知らないようだ。
「あの」とエミルが一歩前に出る。「失礼ですが、どなたさまでしょうか?」
女はこちらを試すように薄笑いを浮かべて片手を腰に当てた。
「私はマデリーン・ラッチェン。あなたたちの、ひとつ上の先輩よ」女はリザレリスをじっと見据えてきた。
リザレリスもじっと見返した。対抗したわけではない。マデリーンが、モデル体型をした美人だったからだ。紫がかった黒髪は彼女の高い腰まで伸びている。前髪はお洒落に揃っていて、黒い瞳を湛えた艶やかな目と口元をより印象的なものにしている。なんというか、シルヴィアンナがシャム猫なら、マデリーンは黒猫だとリザレリスは思った。
「大人っぽい美人さんだなぁ」
マデリーンをまじまじと見つめながらリザレリスは唸る。それは前世の遊び人男の人格からくる
【10】「王女殿下。問題はございませんでしたか?」帰宅したリザレリスたちを真っ先に出迎えたのは、目を光らせたルイーズだった。 「なーんも。楽しかったぜ」王女は陽気に答えたが、ルイーズの目は疑念に満ちていて納得していない。「エミル。貴方のご意見は?」「特に問題はございません」嘘をついているつもりはないが、まったく本当というわけでもなかった。魔法授業のことなど、報告すべきことはあった。しかし、事前にリザレリスから釘を刺されていたのだ。ルイーズには言うな、絶対にメンドクサイことになりそうだからと。「まあ、貴方がそう言うならいいでしょう」ルイーズが納得すると、リザレリスがこっそり感謝のウインクを飛ばしてきて、エミルはふっと微笑んだ。夕食が済んでお風呂も上がった頃。エミルは王女の自室の扉をノックした。夜にひとり王女の部屋へ訪れるなど、彼女が目覚めてからは初めてだった。今は侍女もいない。エミルはやや緊張していた。
初日から波乱を予感させることがあったものの、放課後のリザレリスは躍動していた。クララとともに街に出かけていたのだ。「クララって、男子に人気だろ?」カフェで向かい合わせに座ると、リザレリスは両肘を机に置き、真正面からクララの顔をまじまじと覗き込んだ。クララは恥ずかしそうに顔を背ける。「そ、そんなことないです。私のことなんて、誰も気にしていないし......」「こんなにカワイイ娘を!?」「も、もう、やめてください」リザレリスの褒め殺しに合い、クララはあわあわすることしかできなかった。リザレリスは背もたれに寄りかかり腕を組む。「見る目がないんだな、クラスの連中は。俺...わたしの中では、次の朝ドラヒロインはクララに決定なんだが」リザレリスの評価は揺るがない。それだけクララを本気で可愛いと思っていた。「私なんか、そんな......」当のクララは当惑しっぱなしで、終始リザレリスに振り回されていた。こんなふうに放課後、友人と遊びに行くことも異例だった。人見知りで内向的なクララには、目の前の王女が、地味な自分に興味を持つことが理解できなかった。貴族とは名ばかりの、没落した一族の娘である自分
三人揃って教室から出ようとした時だった。リザレリスたちの行く手を阻むように、一人の女子が入口に立っていた。「ちょっといいかしら」「えっ」先頭を歩いていたリザレリスは、ピタッと立ち止まる。その女の視線は明らかに自分へ向けられていた。知らない女。リザレリスは一瞬だけ考えたが、クララへ視線を投げた。クララはかぶりを振った。彼女も知らないようだ。「あの」とエミルが一歩前に出る。「失礼ですが、どなたさまでしょうか?」女はこちらを試すように薄笑いを浮かべて片手を腰に当てた。「私はマデリーン・ラッチェン。あなたたちの、ひとつ上の先輩よ」女はリザレリスをじっと見据えてきた。リザレリスもじっと見返した。対抗したわけではない。マデリーンが、モデル体型をした美人だったからだ。紫がかった黒髪は彼女の高い腰まで伸びている。前髪はお洒落に揃っていて、黒い瞳を湛えた艶やかな目と口元をより印象的なものにしている。なんというか、シルヴィアンナがシャム猫なら、マデリーンは黒猫だとリザレリスは思った。「大人っぽい美人さんだなぁ」マデリーンをまじまじと見つめながらリザレリスは唸る。それは前世の遊び人男の人格からくる
【9】一日のすべての授業が終わった。皆、帰り支度をして、教室から出ていく。結局、フレデリックがリザレリスに関わってくることは一度もなかった。それどころか、クラスメイトとの関わりを極力避けているようにさえ見えた。教室から去っていく彼の背中を眺めながら、リザレリスは吐息をつく。「真の問題は、フレデリックじゃなかったな」「シルヴィアンナ・デ・シャミナードさんですか?」エミルが訊くと、リザレリスは謎のドヤ顔を見せる。「わたしの魔法が、真の問題だ!」「お元気そうで、なによりです......」 「じゃあ、帰り遊んでこーぜ」リザレリスはおそろしく前向きだった。否、テキトーだった。落ち込むことがあったら、遊んで気を晴らせばイイのだ。リザレリスは元気に立ち上がり、前に座って待っていたクララの肩を叩いた。「あ、あの、なんで私が......」クララは躊躇する。誘われたのは自分だけだったから。これにはエミルが応じる。
「なにあの没落王女。ただ元気が良いだけのバカじゃない。これに懲りて大人しくすればいいんだわ」シルヴィアンナの痛烈な一言が突き刺さる。魔法授業が終わっても机に塞ぎ込んだまま立ち上がれないリザレリスには、言葉を返す力も湧かなかった。「いっそ国に帰ってしまえばいいんだわ」シルヴィアンナはリザレリスに向かって捨て台詞を吐き、取り巻きと共に教室を出ていった。教室は一気に静かになる。他のクラスメイトたちは、リザレリスにかける言葉が見つからなかった。文字通り、リザレリスは何もできなかったのだ。例えるなら、水泳の授業で水に潜ることすらできないようなものだった。「リザさま」ややあってからエミルが声をかけた。「でも、座学はきちんと理解されていたようなので、きっと大丈夫です」無反応かと思われたリザレリスが、おもむろにむくりと顔を起こした。ズーンとした表情を浮かべて。「葉っぱ一枚を僅かに動かすことも燃やすこともできず、コップの水をちょっとでも冷やすことすらできない」ここから急にリザレリスは、くわっとなる。「てゆーか、なんでみんなフツーに魔法使えるんだよ!フツーにスゲーんだけど!」リザレリスの叫びに、クラスメイトたちは互いに顔を見合わせてから「そういうことか」と苦笑を浮かべた。何かが腑に落ちたようだ。「リザさまは、究極の箱入り王女様なんですね」
午後の授業が始まる。リザレリスは規定の席に着いた。壁際の最後列。午前と同様の席だ。当然その隣にはエミルがいた。しかし一点、異なることがあった。「あ、あの、私......」「いいじゃんいいじゃん」リザレリスのすぐ前に、クララ・テレジア・バッヘルベルが座っていることだ。 「で、でも、私なんか......」バッヘルベルはひたすら困惑していたが、リザレリスは彼女のことが気に入っていた。理由は簡単。可愛いからだ。さすがは前世の遊び人男の人格を保持しているだけある。カワイイ娘には目がない。「私なんか、じゃないって。ぶっちゃけあのシルヴィアンナとかいうコより全然カワイイぞ?」リザレリスは言い切った。この世界でのカワイイ女の基準はわからないが、少なくとも自分にとってはバッヘルベルのほうが遥かに可愛いと思えた。「そ、そそそそんなことないです!」バッヘルベルは焦って否定し、きょどきょどしながら前方を気にする。彼女がチラ見した先には、シルヴィアンナが肩越しに眉を釣り上げているのが見えた。「そうかなぁ。俺.